投稿

1月, 2016の投稿を表示しています

奇人

ただ今、森鷗外による史伝『渋江抽斎』を読んでおりまふ。 津軽藩の御典医で、後に幕臣になった医学者渋江さんの話ですよ。 世間一般には、退屈な史伝といった評価なんだろうなあと思いながら、渋江抽斎の関係人物をモノマニヤックに叙述する文章に酔っていました。 と……やっぱり読書は面白いですねえ、読み進むうちにニヤニヤしてくる登場人物が現れました。 その名は森枳園。医師にして考証学者、主人公渋江抽斎と『経籍訪古誌』をものした大人物、大医学者です。 この森先生が、天晴な奇人なんですわ。 大名阿部家の御典医だったんですが、芝居気違いというか、とにかく芝居に関してはマニヤなんですね。 趣味が嵩じて、舞台にまで上がって端役をやるようになった。 すると、たまたま観劇に来ていた阿部家の御殿女中が見て、「あれ、森先生じゃね?」と。 噂は殿様まで伝わり、遂に追放の憂き目に遭います。 しかし森先生、銭は一文もなくとも、気概は捨てませんや。 静岡辺りまで夜逃げするも、助産婦、獣医、骨接ぎ、なんでもやってとにかく家族を食わせ、爪に火を点すようにお金を貯めていくのです。 そうこうするうちに当地の素封家の援助で「江戸の大先生」として開業をします。 それが評判になり、患者はひきも切らず、数年して江戸に復帰できることになります。 しかし芝居気違いの森先生、そこは違いますや。 お召縮緬の着物を着て、海老鞘の脇差を差し、歩くときには褄を取って、剝身絞の褌を見せていたそうなんです。 七代目団十郎の真似なんですな! そこで江戸っ子が「成田屋!」と声を掛けようものなら、森先生、立ち止まって、わざわざ見得を切ってみせたそうです。 いやあ、日本男子の本懐ここにあり。 男とは、こう傾いていたいものですな。 『渋江抽斎』、そんなこんなで意外と面白いッス! 追記:「渋江抽斎は幕臣になった」と途中まで読んで早とちりして書いていましたが、どうなんでしょ? 幕府管轄の医学校の講師で、将軍家慶に謁見し、扶持も貰っていましたが、本籍は津軽藩というのが正しいのですかね。色んな人物が入り組んでいるので、少しく誤解があるかもしれません。

悪意

電車の中で隣に座った人が本を読んでいると、「何を読んでるんだろう」とついつい覗いてしまう私ですが、今日地下鉄のなかにいた中年の婦人は、なんとケッチャムの『隣の家の少女』を読んでいた……。 度胸あるなあ。 本屋のカバーもかけずに、表紙むき出しだったし。 と言いつつ、実は私はケッチャムは読んだことはありません。 人間の悪意をこれでもかと抉り出したような作品には、嫌悪こそ覚えるものの、興味はちょっと……。 悪意との直面は、現実世界だけで充分ズラ。