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面影

二葉亭『其面影』(岩波文庫)を読み終わりました。 将来を嘱望された法学士・小野哲也は、今ではしがない教員生活をしながら、姑と嫁に冷遇されている。そんな彼の唯一の生活の慰めは、出戻りの義妹・小夜子の存在だった。しかし、小夜子とちんちんかもかもになり、哲也は家族を捨てようとするが……という話。 救いのない話です。 哲也の末路が悲惨過ぎる。 翻って、小夜子はしたたかやな~、と男の私は思ってしまう。 外面は柔弱ながら、不倫の恋をしっかり味わい、相手が家族を捨ててくれないと見るや、すぐに男を見限って、自分は綺麗綺麗な信仰を旨とした生活に入る。 なんやねん、お前は! と憤ってしまいます。 嫁の時子による、「小夜子は油断のならん奴」みたいな評価が一番当たっていたのでしょう。 男を堕落させる、男の敵であり、女の敵でもある(こういう女を女性は一番嫌いそうな気がする)。 読んでいて、苦々しい気分になりました。 でも、そんな姦婦小夜子を思いきれない哲也も、弱いんだよなあ。 ま、強かったら、友人の葉村みたいに出世しているか。 そんなこんなで、面白かったです。 二葉亭は、『平凡』も手に入れて読んでみよう。 次は、鷗外『大塩平八郎 堺事件』を読みます。

改行

岡本綺堂『西郷星』(光文社文庫)を読み終わりました。 気になった、というか、綺堂ファンには許せないことが。 旧仮名を新仮名にしたりはいいんですが、編集部からの一文に「大幅に改行を施しています」と。 ……いやいや、施さないでくださいよ! 綺堂の文体がぶち壊しじゃないですか。 改行といっても、90%が一文ごとに行を変える芸のない物(何というか、現代の作家が書いた時代小説って感じかな?)。 文章がぶつ切りで、かえって読みにくいったらありゃしない。 光文社時代小説文庫には、綺堂の『狐武者』で、差別語を含んだテキストの改悪に苦言を呈しましたが、今回は「こう来たか……」と落胆しました。 岡本綺堂の未文庫化作品を積極的に文庫化してくれる、貴重なレーベルなので、どうか、どうか、オリジナルテキストのままで刊行していただきたい! それからすると、中公文庫の『岡本綺堂読物集』は、漢字こそ常用漢字にしているものの、旧仮名遣いをそのままにしていて、綺堂の世界が堪能できたものでした(しかし、売れ行きが悪かったのか、刊行告知のあった『異妖新篇』は結局出ずじまいだったのが残念)。 ほんと、お願いしますよ。 あ、物語自体は「綺堂ここにあり」といった感じで、勿論よかっただけにね、一層残念。むむ。

田園

佐藤春夫『田園の憂鬱』(岩波文庫)を読み終わりました。 芸術家の男が妻と共に田舎へ移住してくる。だが、男はしだいに精神に変調を来たし、幻視、幻聴、妄想の虜となり……、という話。 佐藤春夫の美しい文章と共に、男の無気味な精神状態が描写されて、うん、いいね~! こういう神経的な話を書いてみたい。 読み終わったら、「おお、薔薇(そうび)、汝病めり!」と事あるごとに呟きたくなること請け合いな傑作です。 お薦め! 次は岡本綺堂『西郷星』(光文社)を読みます。

遺産

大下宇陀児と楠田匡介のスプリット本『ミステリー・レガシー』(光文社)を読み終わりました。 大下宇陀児『自殺を売った男』、楠田匡介『模型人形殺人事件』の二長篇と、ふたりの共作短篇『執念』に、楠田の随筆が収録されています。 『自殺を売った男』は、いいですねえ。 ヘロイン中毒の厭世的なアプレ青年が、自殺しようとしたところをひょんなことから社長令嬢に止められ、令嬢の父親の会社に就職することになる。 平和な日々が訪れたかに見えた頃、謎の男から報酬と共に「自殺をしたことにして、姿を隠せ」と持ち掛けられ……という話。 大下宇陀児作の作品に謎解きなんて求める野暮太郎はいないでしょうが、念のために言っておくと、勿論本格探偵小説ではありません。 緻密な世相描写で「もしかしたらこんなこともあるかも……」と思わせながら、ほのかに浪漫の香りを漂わせる、まさに「ロマンチック・リアリズム」の真骨頂のような物語です。 読後感も爽快。お薦め。 楠田匡介のほうは、不勉強なのでこれで初めて知りました。 密室で芸術家が射殺される。傍らには人間そっくりのマネキンが佇んでいた。マネキンが唯一の目撃者だったのか⁈ そこに、人形嗜好症者の怪人物や、マネキンそっくりの謎の女が登場し……という本格探偵小説。 惜しむらくは、冒頭の密室殺人の描写が淡白過ぎてわかりにくく、「何が謎なのやら??」という感に打たれることでしょう。 でも、楠田匡介の他の作品も文庫化されたら読んでみたいな、という感じではありました。 共作短篇『執念』は、作風から推測すると、大下宇陀児主導で書かれたのでしょうか。 宇陀児っぽい作品です。これも読後感が切なくてよい。 光文社さんには、どしどしと埋もれた探偵小説の発掘に努めていただきたいものです。 次は佐藤春夫『田園の憂鬱』を読みます。