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実話

田中貢太郎『日本怪談実話<全>』(河出書房)を読み終わりました。 大変興味深い本でした。 愛国不思議譚から始まり、オーソドックスな怪談、因縁話、怪談とも言い切れぬナンセンス譚、そして当時流行り始めていたであろうタクシー怪談まで、全234話が収められています。 『新○袋』みたいな創作臭もなく、実に素朴な実話聴き取り怪談の数々です。 素朴なだけに、呆気ないと感じられる方もいるかと。 就中、気に入ったのは、「朝倉一五〇」ですね。 タクシー怪談流行前に恐らく流行っていたであろう、人力車にまつわる話なのですが、何とも言えぬ無気味さがあります。そして意味もよくわからないところが、実話的でいい! 気になったのは、以前ここで紹介した、佐藤春夫の『「鉄砲佐平次」序にもひとつ』と同じ話が収録されていたこと。 佐藤春夫の筆になった話のほうが、描写がグロテスクですがね。 佐藤春夫が鉄砲佐平次を書いたのが昭和四年、それから少し経って田中貢太郎が『日本怪談実話』を纏めたわけですから、両者の聴き取りの出所が気になります。 それだけ当時、人口に膾炙した有名な話だったのでしょうか? で、佐藤春夫といえば『海辺の望楼にて』(国書刊行会)も読み終わっていました。 何といっても、『指紋』と『美しき町』がエクセレント! 『指紋』は本格的な探偵小説勃興以前の名作でしょう。 怪奇幻想味溢れる、私好みの一篇です。 『美しき町』は、ほろ苦い後味がいいですね。 お薦め。

腐敗

鈴木三重吉『小鳥の巣』(岩波文庫)を読み終わりました。 『漱石追想』(岩波文庫)、『文豪妖怪名作選』(東京創元)も読んだんですが、その感想は、また機会があれば。 で、『小鳥の巣』ですが、三重吉自身の『千鳥』と対になったような作品です。 『千鳥』があくまで抒情的に美しい世界を描いたものとすれば、『小鳥の巣』は己の神経衰弱の療養生活の実相を抉り出したような、人によっては厭悪の感情を催しそうな作品です。 中でもキーワードとして頻出するのが、「腐った」「だだ黒い」「だだ暗い」「頭が、がじがじする」といった負の言葉群ですね。 「腐った」以外は、三重吉の造語のようですが、いかにも神経衰弱でくさくさした精神状態をよく表しています。 物語は、言ってしまえばとりとめがなく、解題の安倍能成が指摘しているように、長篇小説の結構が弱いです。 しかし、神経衰弱患者特有の、陰鬱で、苛立った感情状態を味わうには、好い作品だと思われます。 なかなかお勧めです。 次は『日本幻想文学集成 佐藤春夫 海辺の望楼にて』(国書刊行会)を読みます。