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魔境

そして小栗虫太郎の連作短篇『人外魔境』(河出文庫)も読み終わりました。 いい! 実にいい! 虫太郎の小説では、本書が一番取っつきやすいのではないでしょうか。 文章がこなれています。 そして文体を飾る奇怪で華麗なるルビの数々! 虫太郎一流の衒学は、本書でも如何なく発揮されています。 全十三話からなる本書は、三話目から「折竹孫七」という畸獣収集家にして国際的密偵を主人公にしております。 折竹を途中から主人公に据えたのは、やはりシリーズを通してメインキャラが確立していた方が、物語を進めやすい、と虫太郎は感じたのでしょうか。 この折竹が世界の秘境(テラ・インコグニタ)を冒険するのですが、その魔境の描写たるや、「虫太郎、見てきたような嘘をつき」と微笑みたくなる素晴らしい出来栄えです。 (もう『黒死館』を読んだ時のように初心ではないので、虫太郎の開陳する衒学がすべて真実だとは思わない境地に達してしまいました・笑) 物語ひとつひとつもコンパクトに纏まっていて、実に読みやすいです。 読者によっては、「尻切れ蜻蛉で物足りない」」「長篇にしてほしい」と思う方もいるかも。 でも、読んでいて「虫太郎疲れ」は感じないので、一話がこれくらいのボリュームが適切だと思います。 「小栗虫太郎を読んでみたいなあ」と思っている方には、まずは探偵小説よりも、こちらをお薦めしておきます。

悲惨

齋藤秀昭選『明治深刻悲惨小説集』(講談社文芸文庫)を読み終わっていました。 いやー、もうタイトル通り、貧窮の人生の闇黒、悲惨のオンパレード! これでもか、これでもかと、つらい物語が続きます。 就中、よかったのは川上眉山『大さかずき』、前田曙山『蝗うり』、広津柳浪『亀さん』、小栗風葉『寝白粉』、樋口一葉『にごりえ』あたりでしょうか。 特に一葉は恥ずかしながら初読だったのですが、深い感銘を受けました。 悲惨続きで多少飽きてきた本書の最後をぴりりと〆てくれます。 ただ悲惨なだけじゃない、悲惨さの中にも、しっとりとした情感があります。 さすが天才! と唸らされる出来でした。 それともうひとつ驚きだったのは、『寝白粉』と徳田秋声の『藪こうじ』に見られる、被差別部落のテーマ。 部落差別を扱った小説と言えば、藤村の『破戒』が有名ですが、それでけだなく、社会の暗部を抉った悲惨小説群にも、ちゃんとこの部落問題が扱われていたのだな、と。 「新平民」と呼ばれ依然として(今もなお)続く差別を、これらの作家が取り上げて、糾弾していた明治という時代の文士に喝采を送りたくなります。 本書は特にお薦めです。ちょっと高いですが、是非手に取って明治の暗部をその目にしてください。