埋没

今、田山花袋の『田舎教師』を読み終わりました。

花袋は晩年、『蒲団』のことを持ち出されると「今更蒲団でもあるまい」と相手にせず、『田舎教師』を自作の中でも特に愛していたそうですが、それがよくわかりましたよ。

中学校を出ながらも、没落した家の呪縛のせいで高等学校にも行けず、田舎の小学校で教師をすることになった清三は、失望の念を抱きつつ、友に嫉妬したり、羨望したり、「いや、今に見ておれ」と大志を抱いたりしながら、結局は段々と日常の中に埋もれていく……といった話です。

清三が廓狂いになってからの後半は、貪るように読みましたね。
結末をどうしても示唆しなければ感想が書けないのがつらいところですが、まあちらりと書いておくと――勇ましく歴史に名を残すのもいいですが、清三のような透明な諦観の中に静かに沈んでいきたいなあ、と思わされました。
逆さまのヒロイズムですが。

花袋の今作での文体は、季節季節の動植物の様子を中心とする情景描写が執拗なまでに書かれているんですが、最初は少しうるさく感じますが、結末に近づくに従って、その描写は透明度を増すように思われます。
そして結末を読み終え、頁を伏せると、白々明けの澄み切った空気の中に立っているような、静かな感動を呼び起こされます。

スキャンダラスな『蒲団』と対照的に静かな『田舎教師』――この両傑作を読んだだけでも、花袋恐るべしなことがわかりますよ。
岩波文庫の『時は過ぎゆく』と『温泉めぐり』も買ったので、しばらくは固いお蒲団の世界に浸ろうと思う所存。

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