遺産

大下宇陀児と楠田匡介のスプリット本『ミステリー・レガシー』(光文社)を読み終わりました。
大下宇陀児『自殺を売った男』、楠田匡介『模型人形殺人事件』の二長篇と、ふたりの共作短篇『執念』に、楠田の随筆が収録されています。

『自殺を売った男』は、いいですねえ。
ヘロイン中毒の厭世的なアプレ青年が、自殺しようとしたところをひょんなことから社長令嬢に止められ、令嬢の父親の会社に就職することになる。
平和な日々が訪れたかに見えた頃、謎の男から報酬と共に「自殺をしたことにして、姿を隠せ」と持ち掛けられ……という話。

大下宇陀児作の作品に謎解きなんて求める野暮太郎はいないでしょうが、念のために言っておくと、勿論本格探偵小説ではありません。
緻密な世相描写で「もしかしたらこんなこともあるかも……」と思わせながら、ほのかに浪漫の香りを漂わせる、まさに「ロマンチック・リアリズム」の真骨頂のような物語です。
読後感も爽快。お薦め。

楠田匡介のほうは、不勉強なのでこれで初めて知りました。
密室で芸術家が射殺される。傍らには人間そっくりのマネキンが佇んでいた。マネキンが唯一の目撃者だったのか⁈
そこに、人形嗜好症者の怪人物や、マネキンそっくりの謎の女が登場し……という本格探偵小説。

惜しむらくは、冒頭の密室殺人の描写が淡白過ぎてわかりにくく、「何が謎なのやら??」という感に打たれることでしょう。
でも、楠田匡介の他の作品も文庫化されたら読んでみたいな、という感じではありました。

共作短篇『執念』は、作風から推測すると、大下宇陀児主導で書かれたのでしょうか。
宇陀児っぽい作品です。これも読後感が切なくてよい。

光文社さんには、どしどしと埋もれた探偵小説の発掘に努めていただきたいものです。

次は佐藤春夫『田園の憂鬱』を読みます。

コメント

このブログの人気の投稿

播摩

再開

悲惨